ながさきのへそ (長崎見聞録)
★生まれ育った長崎を再発見しようと、いろんな角度から切りこんでみました。あんまり人にゃ見せんばってん、大事か「へそ」。長崎のへそば、ちょっこっとばっか、お見せしましょか^^ ≪長崎おもしろトピックス≫
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鉄砲ん玉の謎
『大波止に

玉はあれども大砲なし』


鉄砲ん玉
(現在は設置場所が変ってます)。

ドラゴンプロムナードの入り口のところに鉄の玉が飾ってある。
554.7Kgの巨大な鉄の玉は、実は、大砲の玉だそうで、島原の乱(1637~1638)で原城を地下から破壊する為に作られたそうだが・・・。大砲が完成する前に、地下のトンネルを発見され作戦は中止。玉だけ残ったそうだ。
しかし、これだけの玉を打ち出す大砲となれば、とてつもない大きいものになった事でしょうね。

*2000年の日記をブログ用にリニューアル♪

現在は、「夢彩都」の入り口に移転してる。

ところで、ここでさらなる謎

が!!


この鉄の玉の形状や成分などを計測した結果、実用としての大砲の玉とするのは疑問だという話が濃厚になってきた。
考えてみると、大砲の玉だとして、先に玉から造るか?そんな事はありえない話。大砲を造ってから、玉をつくらないと、寸法が合わないと大変だしねぇ。
とすると、一体これは何?
鎖国で唯一の世界に開かれていた港として、訪れる外国船に対して威嚇してたのかもしれない。実際に、玉の内部は空洞の可能性が大きいのだとか。

港開発のたびに、場所を移ってはいるのだけど、370年以上もの間、長崎港のシンボルとして存在してきた「鉄の玉」。当時の鋳造技術としてもかなり高い技術を要した事だろう。

2007年5月1日に「大波止の鉄玉」として長崎市の有形文化財指定とされた。
やはり、伝承されてきた「鉄砲ん玉」とするには、あまりにも根拠がないからなのかな。
まぁ、「鉄玉」という呼び方も昔からあるそうだし、そんなに抵抗はないかも。
できれば、デパートの片隅ではなく、海を望む場所に移して欲しいもんだ。

*1999年3月の日記をブログ用にリニューアル♪ (追記あり)。
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