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2008.4.14〜 |
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| 橋も無いのに思案橋 |
『男たちの道しるべ』。
ごらんのように、現在は、欄干(実際よりも小さな模型)だけ残っている。 長崎一番の昼の繁華街『浜の町アーケード』を過ぎて、夜のネオンの繁華街『銅座』へと向かう道しるべ。 実は、橋があった頃も、やはり男たちの道しるべだった。

当時の丸山は、江戸の「吉原」に匹敵するほどの日本3大花街の1つで、その遊郭へは、この橋を通らなければならない。 そこで渡ろうか、どうしようか思案する殿方達の姿があったのだろう。

意を決して橋を渡った殿方達の目の前には花街の入り口の門にかかる『思切橋』があって、なんとも当時の悩める男たちの風情を残す。 写真のように、これまた欄干が残っている。 場所は当時とは少し離れたカステラ屋(福砂屋)さんの前のところにあり、欄干と一緒に映っているのは『見返り柳』。 丸山遊女との別れを惜しむ男たちを眺めていたのだろうか。
『行こか戻ろか思案橋♪』
から『思切って』遊郭遊び。 そして帰りたくなくなった男達を見守る『見返り柳』。 なんとも羨ましい時代だ。 ちなみに、現在の長崎は、国際観光都市として、まるっきり風俗関係の店がないクリーンな街で、その対比が面白い。

この写真が、実際にあった『思案橋』の姿。 私事ながら、思案橋にはちょっと感慨深いものがある。 それは、私の母方の祖父が呉服屋を営んでたのだが、その店の看板がチラリと写っている。かろうじて『FUKUSHIMA』とローマ字で確認出来る^^
*1999年3月の日記を、ブログにリニューアルして書き直してます。
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